Treak or Treat?




 彼女の部屋の中で、僕はカボチャとにらめっこをしていた。
 
 オレンジと黒の装飾で埋め尽くされた部屋の中は落ち着かない。
 ソファーに座っていたのだけれど、妙にそわそわとしてしまって。
 本でも読めばいいと思うかもしれないが、周りの色がそうはさせてくれない。
 ちょっと待っててね、と言って別室に行ってしまった彼女は、まだ戻らない。
 なんとか時間を潰す方法はと僕が考えたのが、にらめっこ。
 いや、正確にはテーブルの上に置かれているカボチャのランタンを眺めることだけど。
 じっと眺めるランタンは、よくあるおどけたような、驚かそうとしているような表情。
 作り物なのに、どこか生き生きと見えてしまう不思議。
 今日のこの日の魔法のせいなのだろうか。
 しかしどれだけ生き生きと見えても、作り物のランタン。
 ため息をついて、視線をそらす。
 カボチャの横には、リボンの巻かれたバスケットに大量のキャンディが入っていた。
 赤い包み紙、オレンジの包み紙、しましまの包み紙、青と黒。
 若干怖い色も混ざっているような気がするが、これも彼女がチョイスしてきたもの。
 きっと中身は甘いのだろう。飴は、基本的に甘いから。
 ……二袋くらい買っていたみたいなのだが。
 もしも悪戯が、甘いお菓子を大量に食べさせられるというものならば、思いっきりお菓子を投げつけたい。
 僕は、甘いものはあまり好きではないんだから。
 それなのに彼女の部屋に来てしまった僕も、情けないのだけれど。
 ハロウィンといえば、お菓子。
 僕の頭の中にはそんなイメージがある。
 テーブルの上に大量のお菓子が置かれていなかっただけでも、助かったかもしれない。
 オレンジの装飾も、なんというか、見ているだけで胸焼けがしそうだ。
 ソファーに置かれているクッションには、小さいコウモリの絵。
 どこまでもハロウィンを突き進んでいる。
 強烈な色彩に少しうんざりしてきた頃、ドアをノックする音が聞こえた。
 恐らく、彼女が戻ってきたのだろう。
 入ってくれば? と彼女のノックに返答してから僕はソファーの上に座りなおした。
 ドアを開けて入ってきた彼女の姿を見て、僕は思わず吹き出してしまった。
 頭には、大きなカボチャ頭の被り物。
 服は普通に見えたが、表が黒、裏地が赤のマントを羽織っていた。
 カボチャの彼女は僕の前にくると、被り物をはずした。
 はずしても、まだカボチャ面の仮面を被っていたけれど。
 ニヤニヤ顔に見つめられると、とても微妙な居心地だった。
 しばらく彼女は僕を見つめていたけれど、やがて手を差し出していった。

「Treak or Treat!」

 ハロウィンに定番のセリフ。お菓子をくれなきゃ、悪戯しちゃうぞ。
 もちろん、お菓子をあげないと本当に大変なことになるわけじゃない。
 ほとんど習慣のようなもの。
 だから、僕はバスケットから赤い包み紙の飴を取り、彼女の手のひらに落とした。
 受け取った彼女は、仮面を外した、見慣れたいつもの顔で笑った。
 そして、紙をむいて口の中へと飴玉を放り込んだ。
 その後飴玉を一つバスケットから取って、僕の手のひらにも乗せた。
 どういう意味なのか分からなくて困っていると、食べてみて、といわれた。
 彼女にいわれるがままに飴玉を口に放り込むと、ほろ苦い味が広がった。
 僕は驚いて彼女の顔を見る。
「甘いもの、苦手でしょう?」
 苦手な僕のことを考えて味を選んできてくれたらしい。
 広がる苦い味はコーヒーにとてもよく似ていた。
 どうやら彼女にまんまと騙されてしまったらしい。少しだけむっとした。
 だから――悪戯っぽく笑う彼女に近寄って、キスをした。
 不意をつかれて驚く顔が目の前いっぱいに広がった。
 今度の悪戯は、僕の番だ。
 彼女の耳元で僕は囁いた――Treak or Treat と。
 キスは、甘い味がした。


 甘い味は ハロウィンの魔法のせいかもしれない




back